【取材】新世代ネットワークの実現に向けて(後編)|青山 友紀氏(慶應義塾大学)

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新世代ネットワーク推進フォーラム 庶務

現状のインターネットの課題、新世代ネットワーク(NWGN)への期待、本フォーラムの活性化方策などにつき、本フォーラムの副会長で、慶應義塾大学大学院教授の青山友紀先生に取材を行いました。前編に続き、後編の取材記事をご紹介いたします。前編はこちら(文中、敬称略)

―次に、新世代ネットワーク推進フォーラム(以下「フォーラム」)は、どのような役割を担うことが期待されますか?

青山 私はNGNに代表されるキャリア型のIPネットワークやインターネットを「改良」するというアプローチは否定しません。しかしながら、2020年以降の社会を考えたとき、現行のIPの改良やNGNの普及だけで物事が解決できるのか、という観点から、様々な疑問がワールドワイドに提示されています。インターネットが普及して数十年経った今、次のネットワークのアーキテクチャやプロトコルを「改良」ではなく一から思考するというのが、いわゆる「Clean Slate」の考え方です。私は、プログラムコーディネーターとして、こうした観点から新たなネットワークを作っていこうとNICTへ提案しました。
 しかしながら、産業界は現行のインターネットやNGNの運用上の問題にかかりきりで、必ずしもこうした新たな動きに向き合っていける状況にはありません。
 こうした背景から、このフォーラムの設立当初は、まず、新世代ネットワークの目標、位置づけ、世界の動向等を産業界・大学等に理解してもらうことを第一の目的とし、様々な部会やワーキンググループを設置し、情報を発信してきました。
 新世代ネットワークや欧米のFuture Internetは、その目的やねらいに関する情報発信や啓発の段階から、具体的にどのようなアイディアを実装し実験的なネットワークでテストしてその有効性を実証するかを検討する段階に入りつつあります。まだ先の話ですが、新世代ネットワークの標準化についてもそろそろ目を向けていくべき時期でしょう。すでにITU-T(国際電気通信連合 電気通信標準化部門)やISO(国際標準化機構)において、デジュール/デファクト標準化の議論が始まりつつあり、ITU-T SG13にFG-FN(Focus Group for Future Network)が設立され、標準化の前段階の議論が開始されています。このような動向を踏まえ、私は新世代ネットワークの検討は「第1フェーズが終わり第2フェーズに入った」と認識しています。フォーラムも大学や産業界に啓発活動を行ってきた段階から、新世代ネットワークに関わる具体的なアイディアや技術を実際に動かして議論する段階、すなわち、大学や産業界に第一人称で「参加」してもらう時期に来ていると思います。
 折しも、「第4期科学技術基本計画」が2011年度から始動します。また、NICTでも2011年度から次の5ヵ年の中期計画が始動します。こうした動きにあわせて、新世代ネットワーク推進フォーラムの各ワーキンググループでも、新世代ネットワークの研究開発に関する2011年度以降の5ヵ年計画について早急に検討していく必要があると考えられます。

―第2フェーズの実証実験は、具体的にどのように行われるのでしょうか。

青山 いくつかの有望なプロジェクトに資金を投入し、3~5年実験を行います。現在のネットワークテストベッドであるJGN2plusの次に構築されるJGN-X(2011年スタート予定)に接続し、実際に稼動させることで、インターネットやNGNのIPネットワークよりも優れた点を示すことがまず重要です。また、海外に向けた日本の技術のアピールも必要です。米プリンストン大学のプラネットラブ(Planet Lab)や米スタンフォード大学のオープンフロー(Open Flow)等は、海外の研究機関や企業に対して自分たちの技術をアピールし、試用してもらうことで、デファクトスタンダードへの流れを作りつつあります。こうしたアプローチでデファクトとして普及・定着した技術があると、標準化の過程で突然良い技術だと提案しても標準にはなりえません。
 日本でも、自分たちの開発した技術をテストベッド上で稼動させると同時に、海外に向けて自分たちの技術のよさをアピールし、実際に使ってもらうことが大切です。そうした活動をフォーラムがサポートしてやっていくべきでしょう。

―第2フェーズが終了した後のロードマップについて、どのようなイメージをお持ちですか。

青山 今後5年間で実証実験が行われ、2015年頃までには「実際に稼動する新世代ネットワーク」の原型が完成し、並行して標準化の議論やどのようなサービスをネットワーク上にのせるかといったビジネスを意識した開発が進められることが理想的です。
 また、どのようなプロセスで新世代ネットワークを導入していくかについての議論もそろそろ始めなければいけません。例えばスタンフォードのオープンフロー方式は、パケット単位ではなくフローを識別する点が新しいのですが、新世代ネットワークでなければ稼動しないものではなく、従来のインターネットプロトコルの上で使われている部分も多いのです。新世代ネットワークが、一挙にインターネットから切り替わることは不可能であり、オープンフローのようにインターネットの上で導入され、切り替わっていくことが考えられます。インターネットも既存のデジタル電話網を利用してIPパケットが転送され、普及していったことを見ても、新世代ネットワークが普及するための基盤をゼロから作ることはありえません。IPネットワークを利用しながら普及していく以外には考えられないでしょう。

―フォーラムが期待される役割を果たす上での課題については、どうお考えですか。

青山 第一に、フォーラムにおいて企業や大学等が今後必要な技術開発についてのコンセンサスを形成し、総務省に提案して予算を確保する活動を考えるべきです。現在は研究者が個別的に意見を表明していますが、まとまって意見を発信することができればより大きな力となるでしょう。日本では、国の財政状況の悪化やそれに伴う事業仕分けなどがあり、研究開発の資金確保は厳しい状況にありますが、新世代ネットワークのような、中長期な視点からみて重要性の高いプロジェクトに国の資金を重点的に投入し、日本の技術を育てていかなければいけないと思います。私は、2010年代にICTの"I(クラウドコンピューティング)"と"C(新世代ネットワーク)"の両方がともにパラダイムシフトすると考えていますが、日本のICT産業がそれに追従できなければもはやワールドビジネスで生き残っていけないことは明らかです。そうなれば自動車産業と同程度の経済規模と雇用を生み出す産業が失われ、日本の将来は甚大なダメージを受けるでしょう。したがって国をあげて両ICTパラダイムシフトにおいて日本発の技術を創出し、標準化し、世界に普及させることが求められます。民主党政権では、「グリーンイノベーション」と「ライフイノベーション」が前面に打ち出されていますが、その基盤になる情報やネットワークの部分をすべて海外の企業に席捲されてしまうことになりかねないのです。しかしながら新たなネットワークを研究開発する重要性について、必ずしも政府やマスコミ、国民の理解が得られていないのが現状です。したがってフォーラムとしては、新世代ネットワークにわが国が取り組むことの重要性を政府や省庁だけでなく、マスコミや国民全体に分かりやすく示していかなければいけません。
 私が関わっている超高速フォトニックネットワーク開発推進協議会(PIF)は、現在第3フェーズの研究開発段階に入っていますが、各フェーズ(平均5年/フェーズ)が終わる2年ほど前から、次に取り組むべき技術開発について1年をかけてフォーラムで討議し、総務省に提案しています。総務省はその提案に基づいて概算要求を行い、予算を確保してNICT委託の競争的資金に提供しています。幸いなことにフォトニックネットワーク技術については、日本が世界的に強い技術であり、オール光ネットワークの研究開発は非常に重要であるという認識が得られ、平成22年度の概算要求案では全体で37億円ほどの予算が計上されています。その他、ICT関連では、次世代ネットワーク(NGN)基盤が約25億円、移動通信システムにおける周波数の高度利用が約36億円となっています。一方、新世代ネットワークに関する概算要求は約17億円ほどであります。これでは米国やEUと競争するには十分ではありません。この状況のままではインターネット産業で大部分が米国企業に牛耳られている状況が再現される恐れが大きいと思います。これまで、フォーラムでは研究開発戦略WGにおいて研究戦略を中心に議論してきましたが、PIFで取り組んでいるような、今後重点的に取り組むべき技術といった技術論を、all-Japan体制で検討できる場に活用していくことが必要だと思います。
 また、米国NSFファンドのプロジェクトおよびEUのFP7のプロジェクトとの連携を図るため定期的にシンポジウムを開催しており、これに新世代ネットワーク推進フォーラムが協賛しております。2010年代のICTパラダイムシフトは1国や1地域だけでできるものではなく競争とともに協調も必要なのです。

 第二に、医療分野や電力分野、自動車分野、農業分野など、ICTを応用する近接領域の企業や研究機関に働きかけることが極めて重要です。彼らがビジネス化のフェーズにおけるユーザとなるわけですから。これらの近接領域にはICTに関心がある人達が少なからずいるので、彼らにNWGNの効果などを知ってもらい、NWGNへの要求条件を出してもらう等の形で連携する必要があります。例えば、遠隔医療分野の研究者に遠隔手術を行う際の遅延をNWGNで解決しうることを認識してもらうことにより、彼らの興味が得られ、ネットワークの研究者と近接領域の研究者との連携などにつながるでしょう。そのような異分野との連携活動をフォーラムが支援することが重要だと思います。

 第三に、現状では様々なフォーラムが乱立しており、検討課題の重複もみられます。例えばロボットのネットワーク化は、ユビキタスネットワーキングフォーラムの部会でも議論されています。総務省もある程度整理したいと考えているようですが、将来的に統合したり、論点の棲み分けを図ったりしたりすることは考えられます。たとえば、新世代ネットワーク推進フォーラムでは、ネットワークロボットをひとつの「サービス」という視点から議論する、といった方法が考えられます。また、クラウドをネットワークと連携させたサービスの創出が今後は考えられますので、GICTFとの連携も重要になるでしょう。

―新世代ネットワークに関連する技術で、日本が潜在的に競争力を有し、イニシアティブをとれる技術について、どうお考えですか。

青山 まさにそれを、今後テストベッドを活用して探していくことになります。第1フェーズでは意識的に浅く広く研究テーマを取り扱ってきましたが、第2フェーズでは日本にオリジナリティや強みがあるテーマをいくつか選定し、重点化して取り組んでいくことが必要と考えています。候補となるテーマの一つ目は、物理レイヤの光パス・パケット統合ネットワーク技術です。欧米ではまだあまり進んでいない技術であり、今後の通信と放送の融合に有用と考えられます。
 2つ目は東京大学の中尾彰宏先生が中心となって取り組んでいるネットワーク仮想化(Network Virtualization)技術です。コンピュータの発展は仮想化の進展でもありましたが、ネットワーク全体の仮想化はこれからであります。この技術によってユーザは自分の利用したいサービスに適する"スライス"と呼ばれる論理的ネットワークを物理的ネットワーク上に構築し、利用することができます。ネットワーク仮想化についてはプリンストン大学やスタンフォード大学などライバルが多いですが、日本独自のアイディアを取り入れたより良いネットワーク仮想化技術の研究が進みつつあり、そのキーとなる仮想化ノードのプロトタイプの開発が進められており、それを利用したいという欧米の研究者も出始めております。
 3つ目はIDとロケータの分離です。例えば、「青山」という私の名前と私の住所は違うものですが、今のインターネットのIPアドレスではこの2つが一緒になっています。それらを分けることでモビリティサポートやマルチホーミング等のサービスがよりシンプルに行える可能性があります。これは非常に重大な変革です。今までのIPアドレスの在り方に変更を迫るわけですから、IPアドレスをコントロールしているステークホルダーは反対する可能性があります。容易なことではないですが、まずは閉じたクラウドの接続ネットワークなどに限定的に取り入れられるかもしれません。あるいはセンサネットワークのようなものから導入していくことも考えられるでしょう。
 4つ目は有線・無線統合です。超高速でフォトニックとワイヤレスを統合する技術ですが、まだあまり具体化されていません。新世代ネットワークのグリーン化に貢献できる可能性があります。このテーマについても、日本の強い技術を出せると非常に良いのではないかと思います。
 5つ目は安心・安全です。新世代ネットワークのセキュリティを全体としてどのような方式で構築すればよいかは今後の重要な課題です。NICTではSTARBEDと名付けられたネットワークのシミュレータ・エミュレータが稼働しており、これらを活用したセキュリティの研究もおこなわれております。
 6つ目として、日本が非常に強いロボット分野をネットワーク化していくことが考えられます。このテーマについてはユビキタスネットワーキングフォーラム内にも部会があり、検討が行われています。
最後は新世代ネットワークでなければ実現できない新しいサービスの創出です。これについては新世代ネットワークのプロトタイプが明確化する2010年代中ごろにかけて明らかにしていくテーマでしょう。
 いずれにしても、米国、EU、日本がそれぞれ単独ですべての新世代ネットワーク技術を創出することは不可能であり、相互に競争する面と連携して共同研究を進める両方の方策が必要であります。それらに新世代ネットワーク推進フォーラムが貢献していければと思います。

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