【取材】新世代ネットワークの実現に向けて(前編)|青山 友紀氏(慶應義塾大学)

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新世代ネットワーク推進フォーラム 庶務

現状のインターネットの課題、新世代ネットワーク(NWGN)への期待、本フォーラムの活性化方策などにつき、本フォーラムの副会長で、慶應義塾大学大学院教授の青山友紀先生に取材を行いました。まずは、前編の取材記事をご紹介いたします。後編はこちら(文中、敬称略)

―最初に、現在のインターネットに対してどのような問題点を感じていらっしゃいますか。

青山 インターネットは私たちの社会経済的活動に広く浸透し、これなくしては社会が存立しえなくなってきていますが、インターネットを今後の「社会基盤」としてもっと活用しようとしたときに信頼性や安全性、エコに対する要件を十分に確保することが難しいという点が問題といえます。具体的な問題としては、インターネットには狭い意味でのセキュリティの問題のほか、トラヒックやスパムの影響を受けやすい、将来の爆発する情報を流すには膨大な電力が必要といった問題があります。
 また、インターネットが本来想定していなかった状況に対応するために対症療法的に新しい機能や仕組みをネットワークに付加する方法がとられてきましたが、その結果、ネットワークアーキテクチャの構造はインターネットの原理であるシンプルな構成からほど遠い継ぎ接ぎのような状態になりました。このように従来のIPプロトコルに改良を加える方法では、いずれ限界に至るでしょう。そこで白紙の状態からネットワークのあるべき姿を再考し、アーキテクチャやプロトコルを再構築することができれば、今後の社会が要求する複雑な条件を満たす、よりシンプルでエコに優しい、安心・安全なネットワークを構築できるのではないでしょうか。

―白紙から再構築されるネットワークについて、もう少しお伺いしてもよろしいでしょうか?

青山 将来のあるべきネットワークアーキテクチャがどのような構造のものなのか?その解はまだ世界のどこにも存在しません。これからグローバルな競争と協調の中でつくっていくものです。
 ネットワークの歴史を振り返ると、「テレグラフ」、「テレフォン」、「インターネット」という3つのネットワークのパラダイムがありましたが、それがどのように創出されてきたかをみると、"まず電信機、電話機、パソコンという各ネットワークに接続されるコアとなる端末があり、その端末から出る情報の性質に合致したネットワークアーキテクチャやプロトコルがつくられる"というかたちで、ネットワークが構成され普及していきました。しかし、今後はこれまでのように1種類のコア端末に合わせればよいわけではなく、"様々な端末や施設・設備(たとえばセンサ、PC、携帯、家電、デジタルTV、クラウドなど)を接続できるアーキテクチャやプロトコルを創出する"ことが必要なのです。
 このように性質の大きく異なる様々な端末を有効に接続するネットワークアーキテクチャを考えることは人類初の試みです。センサから出る数百ビットの極小データから3D映像の数テラバイトにも達する極大コンテンツまでを良好な品質で転送・配信できるアーキテクチャはどのような形態であるべきなのか?そして安心・安全でかつ悪意ある攻撃にも耐えるネットワークである必要があります。爆発的に増加するトラフィックを転送するネットワークシステムの消費電力は膨大なものになる可能性があり、地球環境の観点からは格段に消費エネルギーを削減しなければなりません。また、人間による管理・制御には限界がありますので、このような複雑なネットワークを秩序立てて稼動させるには、現在のネットワークには適用されていない自己組織型のメカニズムを組み込む必要があると考えられており、それを可能にするためには新しい"Network Science"の研究が必要であると考え、基礎的な研究に取り組んでいる人達もおります。
 このような視点で考えていくと、将来のネットワークは現在のインターネットの単なる延長線上にはない新しいパラダイムのネットワークかもしれません。

―既存のネットワークの課題が克服された場合に、期待される社会経済的な効果やビジネスチャンスは如何なるものですか?

青山 将来のネットワークという"まだないもの"の効果を予想することは難しいですが、きわめて多様なアプライアンスが高い品質で低エネルギーのネットワークに低コストで接続されるようになるとすれば、それをプラットフォームとして新しい魅力的なサービスの提供につながり、多くの分野で既存のビジネスの構造を変えるでしょう。例えば印刷、新聞、出版、テレビ、広告などの業界は、デジタルメディアの普及で大きな変革に直面しつつあり、また医療や介護、教育、さらに農業などの分野にも技術革新の影響が波及すると考えられます。

―新世代ネットワークに関連した海外の研究開発動向はいかがでしょうか?

青山 新世代ネットワーク(欧米ではFuture Internetと呼んでいる)の研究は米国ではNSFが研究資金を提供している大学中心の研究プロジェクトがいくつも走っています。そこでは新世代ネットワークのキーテクノロジの一つである"ネットワーク仮想化(Network Virtualization)"でやや先行しましたが、我が国ではNICT委託研究であるネットワーク仮想化の研究プロジェクトも成果を上げつつあります。元来日本はフォトニックやワイヤレスの「物理層」技術に強く、光パス・パケット統合のネットワーク技術で世界を先行しつつあります。
 一方、EUが研究助成をしているプログラムはFP(Framework Program)と総称され、現在第7次のFP(FP7)が進行しており、その中に将来のネットワークの研究を行うFuture Networkのプロジェクトがいくつか走っています。EUは携帯電話で世界の大きなマーケットを占めたGSM(Global System for Mobile Communications)の成功を背景に「モバイル」技術を強く指向して研究開発を推進しています。将来のモバイルサービスを提供する有線・無線統合ネットワークにおいて、日本がいかにオリジナリティを出すかが今後の課題の一つであります。
 最近話題のクラウドコンピューティングもそれを接続する新世代ネットワークの研究が極めて重要であります。日本には、クラウドに関する産学官連携のフォーラム(グローバルクラウド基盤連携技術フォーラム:GICTF)が昨年7月に設立され、私が会長を務めています。先日、欧州で開催されたクラウド関係の会議に参加しましたが、EUは米国のGoogle、Amazon、salesforce.comなどの企業がクラウドビジネスで世界を席巻している状況に対して強い危機感を抱いています。一般的なビジネスを対象としたパブリック/プライベートクラウドでは米国が圧倒的に先行していますので、EUでは行政や医療を対象としたミッションクリティカルなクラウド技術を対象に、ネットワークやデータセンターをもつ通信キャリアを核にしたクラウド開発を推進しようという戦略が見られ、クラウドビジネスに関して大きく後れを取っている日本もEUの戦略を参考にすべきと考えられます。
 インターネットの改良研究ではない"Clean Slate Architecture" の研究開発に、米国やEUは相当の研究資金を投入しています。米国のNSFを例にとると、新世代ネットワーク技術の実証試験を行うテストベッドプロジェクトであるGENIはspiral2と呼ばれる第2段階に入り、また革新的アイディアの研究に小規模な助成を行うFINDと呼ばれる多数のプロジェクトが進められていましたが、最近3年間で総額約30億円のFuture Internet Architectureという新しい研究公募(2010年4月22日〆切)を行いました。FINDの小規模プロジェクトから、今後は有望な研究提案を2~4件に絞って採択し、大きな資金を提供して集中的に取り組んで行こうとしています。また、FINDに参画する研究者を中心に昨年10月にFuture Internet Summit を開催し、主要な研究者が集まって将来のネットワークに対する要求条件や解決すべき課題について集中的に討議を行っています。
 一方、EUのFP7プログラムにはバイオ、環境、医療、など様々な分野の研究に資金を提供していますが、情報通信分野に最も大きな研究費(7年間で約1兆円)を投じていることに驚かされます。
 これに対して我が国ではNICTが主導する新世代ネットワークの研究が事業仕訳で厳しい評価をされ、研究開発投資が縮減される恐れがあるなど、世界と競争できる研究環境の構築が危ぶまれる状況にあることは極めて憂慮すべきことであります。

―新世代ネットワークの実現に向け、望まれる産学官連携の姿や前提となる制度改革につきまして、ご意見をいただければと思います。

青山 私が現在の日本に一番欠けていると考えるのは、GoogleやAppleのような革新的技術をベースにベンチャーからICT企業を育てる土壌です。大学で育てた技術がベンチャービジネスにつながるような産学連携が必要だと感じています。かつて米国ではベル研究所やIBMのワトソン研究所、ゼロックスのパロアルト研究所のような大企業の大研究所からイノベーションが誕生してきましたが、現在の大企業は自社では基礎研究は行わず、良い技術を開発しているベンチャーがあるとそれを買収し、実用化、ビジネス化につなげていくのが普通になっています。他方、日本の大企業にはそういったベンチャーを発掘して自社の開発に取り込もうというマインドがあまり見られませんし、日本のベンチャーキャピタルもハイリスクの研究投資に慎重ですから、革新技術ベースのベンチャー育成に十分に貢献できていません。ある資料によれば、ICTベンダで一兆円の売り上げを達成している企業がいつスタートしたかをみると、ソニーにしろパナソニックにしろ、町工場から発展したわけですが、すべて1950年代以前の誕生です。一方米国ではMicrosoft、Apple、CISCO、Googleなど、現在ICTをリードしている多くの企業は1970年代から90年代の誕生でありますが、日本では1960年代以降に誕生したICTの大企業はなんとゼロなのであります。この違いは一体どこからくるのでしょうか!
 また、政府の科学技術に対する支援も欧米に比べて大変不足しています。日本学術会議では、「提言『学術の大型施設計画・大規模研究計画 -企画・推進策の在り方とマスタープラン策定について-』(平成22年3月17日)」において、今後10~20年の間に推進すべき大型研究計画を43件選定・公表しました。この中のひとつに、「インターネットに代わるネットワーク基盤」が採用されました。欧米や成長が著しい中国、韓国とのグローバル競争に勝つためには、相応の予算と研究施設を確保し、日本におけるICT産業の国際競争力強化と高度なICTインフラを整備していくことが必要でしょう。
 しかし、わが国では最近、多くの分野で長期的な基礎研究の予算が認められにくいといった苦境に立たされています。こうした状況は、情報通信分野も同様です。基礎研究は研究期間が長期にわたり、応用的な成果がすぐには出にくいものです。どのような成果を導出できるかを説明しづらいケースもあります。基礎研究はある程度の時間を要すること、グローバルなビジネス競争の激化で企業には基礎研究に投資する余力は無くなっていること、したがって国の研究投資が必要不可欠であることの理解を得なければなりません。
 米国では情報通信分野ではDARPAが資金を提供した実験ネットワークであるARPANETやそれを引き継いだNSFファンドのNSFNETに対して国が約20年間にわたって資金を投入し続けました。こうしたプロジェクトに多くの研究者や企業が参加する中で、IPやWEBなどのインターネット技術が生まれ、ベンチャーが誕生し、米国のICT産業を牽引する企業群が継続的に創出されています。CISCOもGoogleもその中で誕生し、成長した企業です。これによって20年以上注入した税金の数桁大きい資金が産業界から税金として戻ってきているわけです。
 わが国でも、国が長期的に資金を投入して、自由に研究開発に参加できる環境を提供し、その中から新たなサービスやビジネスが生まれ、それを生んだベンチャーが育っていけばICT産業の強化にとって素晴らしいと思いますし、国はそういう先行投資をすることで将来大きなリターンを得ることができるのです。わが国では、前述のように1960年以降、世界と競争できるICTベンダはほとんど創出されていません。このことに対し、強い問題意識を持ち、それを克服する政策を推進しなければなりません。
 制度面においては、医療や農業等、情報インフラを活用する側の様々な分野に新たなICT技術を導入する際、既存の制度や法律と衝突する可能性があります。たとえば、医療分野では薬事法の壁があります。もっと柔軟に、新しい技術への対応ができるように制度や法律を省庁の壁を越えて改訂していくことが必要であります。日本のブロードバンドネットワークインフラはFTTHの普及や料金の安さを含めて世界最高レベルにありながら、その利活用では先進国に後れを取っている現状は制度や法律面の制約が大きいと考えられます。

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