【取材】新世代ネットワークの方向性|後藤 滋樹氏(早稲田大学)

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新世代ネットワーク推進フォーラム庶務

現在のインターネットに関する課題、将来の情報通信技術の利活用のあり方、技術革新における政府の役割などにつき、本フォーラムの推進委員会の委員で、早稲田大学理工学術院の後藤滋樹教授(紹介HP)にお話を伺いましたので、その結果を掲載いたします。(文中、敬称略)

―インターネットをはじめとする既存の情報通信技術にはどのような課題や問題があるとお考えでしょうか?

後藤 一言で申し上げますと、「新しい技術は豊富に存在しているのに、アプリケーション側で手詰まり感がある」ということではないでしょうか。多少乱暴な言い方ですが、既存のアプリケーションのほとんどは紙、鉛筆、定規、通信手段といったものが電子化されたに過ぎず、いわば「電子文房具」的な領域に留まっているということです。最近はTwitterなどの新たなツールも登場していますが、概念的にはポケベルやショートメッセージとほとんど変わらないと思います。金融の分野でも情報通信技術の活用が不可欠になりつつありますが、株取引などは昔からやっていた作業をパソコン上でやっているだけであり、これも文房具レベルです。企業経営における利活用についても、コストダウンや能率化という局面での活用は相当進展しましたが、さらに一歩進んだところの経営判断の局面での活用という意味ではあまり進んでいません。NGN(次世代ネットワーク)についても、技術的には多様な可能性がひろがっているはずなのに、使いこなせるユーザが少ないためにビジネスとしてはあまり伸びていません。NGNが使いこなせないのに、さらに先の新世代ネットワークを使いこなせるのか、という問題意識は持っています。


―今後我々は情報通信技術をどのように活用すべきか、もう少し具体的にお聞かせいただけますか?

後藤 例えば社会的な合意形成の局面における利活用があげられます。外交政策にせよ、国の借金問題をはじめとする内政の問題にせよ、いま日本は国としてクリティカルな問題を多数抱えています。この時代に生きる我々の判断で、今後の国の方向性が大きく変わる可能性が高いわけです。他方、政治家の判断は常に遅れがちです。マスコミにも立場があり、報道内容の中立性という意味で若干疑問があるようなケースも散見されます。
 つまり、本来であれば特定の政策のA案、B案につき、国民がメリット・デメリットを十分に知らされたうえで社会としての合意形成や選択がなされるべきところ、現状ではそうした理想から相当乖離しているのではないでしょうか。国民投票や電子投票の必要性も叫ばれていますが、セキュリティ、個人認証、匿名性といった観点から慎重な意見が多数出ています。しかしながら、これも本当の世論なのか、実は疑わしいわけです。住民基本台帳ネットワークの問題についても、本当はどういう人々が反対していたのか、これを悪用した事例が実際にどの程度起きたのか、そうした精査もなされていません。
 もちろん、全国民が全ての情報を処理することは不可能ですので、情報処理についても社会的な分業は必要かもしれませんが、今後は社会的な合意形成の局面における情報通信技術をさらに本気で模索する必要があると思います。適切な判断材料が流通すれば、日本人は十分賢い判断ができるでしょう。
 それから、国の各種統計や公開情報についても、現在は人海戦術的にデータを作成していますが、自動的に原データが記録・収集されるような仕組みがあっても良いかもしれません。例えば電子貨幣の匿名性を放棄しても良ければ、ケインズの乗数効果が実証できるわけです。


―新世代ネットワーク、あるいは情報通信技術のさらなる発展に向け、日本政府はどのような役割を果たすべきだとお考えですか?

後藤 「経済成長のために必要な労働力、資本、技術革新という要素のうち、日本では労働者の数は減っていくのだから、これからは技術革新だ」とよく言われていますが、研究開発分野で米国と競争していくのは非常に分が悪いと思います。
 米国と日本では国の成り立ちが違っています。米国のシリコンバレーの成功の背景を紐解くと、米国では中央政府の役割というよりも、社会全体としてリスクテイクするというカルチャー、それに裏付けられた民間セクターの活力が最大の原動力でした。「海外から技術を持ってきて咀嚼し、改善する」という日本の得意芸は今でも続いていますが、「トータルで儲かれば良い」という考えの下、大規模なベンチャーキャピタル会社が成功率5%という状況でも企業に投資するような文化は根付いていません。
 それから、労働市場の流動性が低いことも、日本のベンチャー投資を阻害している一因かもしれません。米国のベンチャー・キャピタリストもシリコンバレーで生まれる最新技術を熟知しているわけではなく、彼らは「良い人材がどの会社に集まってきているか」を観察し、それをシグナルとして良い会社を見極め、投資をしています。しかしながら、日本では人が動きません。動くと損をする仕組みがあったり、新しい組織を作ろうとしても既得権が存在したりするんですね。始発駅からバスや電車に乗った人が座席をどかないのと同じです。だから制度もなかなか変わらないし、人も動かない。江戸時代の幕藩体制からあまり変わっていないんです。大学に入らない人を浪人というくらいです(笑)。
 日本では民主導で意識的に何らかのプロジェクトを推し進める方法よりは、むしろ暗黙のうちに産業として共通のビジョンを持ち、邁進するという方法に強みをもっているような気がします。日本で民間主導で社会的に物凄い影響を及ぼしたプロジェクトはありますか?TRONプロジェクトも電子情報技術産業協会(JEITA)の前身の一つである日本電子工業振興協会(電子協)が受け皿でした。つまり経済産業省主導です。そのような意味で、日本が国民国家として見習うべきは米国ではなくカナダだと思います。カナダは国策として、ヨーロッパにも注意を払いつつ非常に戦略的にやっているようですから。


―ありがとうございます。次に、新世代ネットワークに関連する技術で、日本が潜在的に競争力を有し、イニシアティブを取れる技術としてはどのようなものが考えられますでしょうか?

後藤 光コネクタ、光スイッチなど、個別技術について優れている部分もありますが、日本が誇るべきは運用サービス、運用技術の水準だと思います。サービスの品質、安定性ともに海外と比較しても突出しているのではないでしょうか。電波の特性を熟慮して、携帯電話の上りと下りの周波数を他の国と変えるといった発想も日本発のものです。
 しかしながら、このような「サービスの品質」は必ずしも定量化されておらず、日本の運用技術の水準が相対的にどの程度高いのか、客観的には示されていません。国際競争力の高い分野については、その水準を適切に計測する方法を確立したうえで、地球の裏側にまで伝えていく必要があると思います。ドイツなどは職業訓練に関連する枠組みを国家標準(DIN規格)で定め、さらにはISOの場でも国際標準化しようとしています。日本も技術の用語や品質の計測方法等に関する国際標準をつくり、自国の強みが適切な評価を受けるような下地をつくっておくことも重要な戦略かもしれません。
 ただ、日本のサービスを国際化するうえで、言語が障害になるかもしれません。これまで日本の人口は1億強おり、サービス分野では言語という障壁により外国企業との競争から守られてきた部分もありましたから、国内市場重視型のビジネスでも何とか成立していました。しかしながら、これが逆にガラパゴス化をもたらしたことは言うまでもありません。今後は人口も減少しますし、経済の規模も縮小するでしょうから、国際市場に目を向けたサービスに転じていく必要があると思います。その際には、やはり日本人の言語能力の問題をクリアする必要があると思います。


―運用サービスのほかには何かございますでしょうか?

後藤 そうですね、文系と言われている分野と融合する形で、日本初の何かが出てくると非常に嬉しいですね。つまり、先ほども申し上げましたが、社会全体や経済の動きを計測・視覚化し、意思決定に上手く使っていくような仕組みです。経済活動というと「売買活動」というイメージを持たれるかもしれませんが、私はむしろ社会全体・組織・会社というより広い意味での経済活動をイメージしています。時計、温度計もそうですが、「見えないものが見えるようになる」というのは科学技術の重要な一側面です。
 例えば、最近では製造業における派遣労働者の雇用問題が非常に切実な問題となっていますが、労働市場における就職のマッチングにも情報通信技術をもっと有機的・効果的に活用することが可能かもしれません。あるいは、日本人の3分の1が鬱型と言われてますから、メンタルサポートのために情報通信の技術を効果的に使うことも必要でしょう。また、わかりにくい法律や制度を自動的に教えてくれるような仕組みがあれば便利でしょうし、社会的な合意形成の分野でのさらなる活用も重要です。情報通信技術がなかった時代に生まれた「議会制民主主義」のあり方を見直し、例えばダムの問題、基地の問題など、重要な局面で本来であれば情報通信技術をもっと活用できるはずです。
 こういうものが「電子文房具レベル」を超えて生まれてくると、社会と一体感のある情報通信の発展、あるいは社会としての進化というものが実現するのかもしれません。そのような意味で、社会科学の分野の研究者との連携は今後ますます重要になると思います。


―新世代ネットワークに関する重要な技術として「仮想化」というキーワードがあげられるという意見もあるようですが。

後藤 現状のTCP/IPも、IPという頼りないものの上にTCPがのっているという意味において、実は仮想化という発想でつくられているものです。仮想化技術が今後発展していくことは間違いないと思いますが、現在でも盛んに使われていますから、「仮想化」それ自身が新世代ネットワークのキーワードになるのか、それはわかりません。

 韓国や米国をみていますと、無線が重視されているように思います。米国のGENIは方向性が収斂されてきています。日本からはNECが非常に積極的に参加しており、オープン・フローの技術についてスタンフォード大学等と共同でライブデモンストレーションを行っているので有名です。
 ただし、日本では無線用の電波はほとんど割当済みとなっており、韓国のように柔軟なテストベッド環境を用いて電波技術の実験を行うことは難しくなってきています。厳格な電波行政も重要ですが、日本でも研究開発のための自由度が確保されることが望ましいと思います。あるいは、win-winとなる提案をしつつ、外国で実験をやらせてもらうという方法も今後は検討に値するのではないでしょうか。それから無線の分野については、もう少しコンピュータの専門家と無線の専門家との共同作業が深化しても良いと思います。その辺は韓国の方が進んでいるのではないでしょうか。


―フォーラムに期待される役割と課題につきまして、少しお考えをお聞かせいただけますか?

後藤 私自身、フォーラムの各種イベントは参加しています。広報は必要ですね。
 現段階では、まずは新世代ネットワークが注目されることが必要だと思います。そのためにも、イベントや広報戦略は非常に重要であると思います。
 広報すべき対象としては、関連分野の技術者はもちろんですが、心理学や経済学など、実用化の局面で貢献してもらえそうな分野の研究者についても、協力してくれそうな人々には積極的にアピールしていくべきだと思います。今現在、学際的な研究が行われていないのはそれなりの理由があるからだと思いますが、とにかくまずは共同研究を実施し、そうした課題を明らかにしていくことが重要だと思います。


―質問は以上です。ありがとうございました。

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