【取材】新世代ネットワークの方向性|井上 真杉氏((独)情報通信研究機構)

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新世代ネットワーク推進フォーラム庶務

現在のネットワークに関する課題、新世代ネットワーク(NWGN)への期待、産学官連携のあり方、本フォーラムの活性化方策などにつき、独立行政法人情報通信研究機構(NICT)の井上真杉研究マネージャーに取材を行いましたので、その結果を掲載いたします。(文中、敬称略)

―現在のネットワークに関して、どのような問題点や課題を感じていらっしゃいますか?

井上 地域内で生じ、地域内で利活用される情報の扱いに関する問題があります。本人や家族、地域に関わるセンサー情報など、その地域内で流通すればよい情報が、携帯電話網や無線LANホットスポットを経由してインターネットなど広域網側に置かれるサーバに集約されています。情報伝送中およびサーバでの蓄積中の安全確保の問題がありますし、通信の効率性や通信遅延時間の観点からも良くないのです。

 IPアドレスの問題もあります。インターネットではIPアドレスが2つの役割を同時に果たしています。装置を識別するための機器識別子(通称ID)と、装置が接続されているネットワーク上の位置を示す識別子(通称ロケータ)の2つです。そのため、1つの装置が複数のネットワーク接続機能を持ったり、逆に1つの装置があたかも2つの装置であるかのように見えたりすることで可能となる多様な通信形態を実現しにくくなっています。


―既存のネットワークの課題が克服された場合に、期待される社会経済的な効果やビジネスチャンスは如何なるものですか?

井上 自治体主導で地域ネットワークを構築したいと考えている自治体は少なくありません。たとえば、2006年時点で世界150以上の自治体が地域ネットを構築しています。自治体の強いニーズを満たすネットワークが実現することにより、地域社会の様々な問題が解決され、その結果として、ネットワークを利用する新しい広告配信サービス、児童・高齢者見守りサービス、地域内の詳細な天気情報配信サービスなど、今はないサービスとそれらを提供する企業の誕生を期待できるでしょう。またそれに伴って、地域や個人の生活環境の質向上、地域の既存ビジネスの活性化、新規ビジネス創生、新規雇用創出なども期待できるのではないでしょうか。


―先ほどあげていただきました既存のネットワークの課題克服に関して、国内外の研究開発動向はいかがでしょうか?

井上 私はNICTで「地域情報共有通信網NerveNet」の研究を行っています。これは地域の神経網としての役割を果たすもので、たとえば、ネットワークに接続されたセンサーが、気象、交通、災害、防犯などの地域事象や家族や個々人の動きなどを感知し、それらの情報に基づいて地域や個々人が求める情報やサービスを提供したり、将来的にはネットワークに接続されたロボットに指令を出したりといったことを実現していくための研究です。
 インターネット型センサーネットワークの研究事例は国内外で多いですが、地域の社会インフラとしてセンサーも収容する地域ネットワークを研究する事例は私の知る限りでは、この「地域情報共有通信網NerveNet」以外ありません。しかしながら、モノ同士をつなぐインターネット(Internet of Things)やM2M(Machine to Machine)に関連する通信技術の研究開発や実証実験計画が欧州、韓国、中国では行われています。特に韓国と中国は通信技術を含む新しいICTを都市に実装して大がかりな実証実験環境を構築していく過程にありますので、その動向には注目していく必要があります。
 このほか、IPアドレスの「1つ2役」に起因する諸問題を解決するための「IDロケータ分離通信アーキテクチャ」の研究を行っています。国内では慶應義塾大学、関西大学などの研究事例があります。国外では、ワシントン大学、シスコ社、エリクソン社などが研究しています。


―新世代ネットワークの実現に向け、望まれる産学官連携の姿や前提となる制度改革につきまして、ご意見をいただければと思います。

井上 研究開発に関していえば、要素技術の基礎研究の段階では、大学や国研を中心に問題解決のための多様な研究が行われることが重要だと思います。それらの研究成果を踏まえ、新しいネットワーク全体を総合的に設計していく段階では、実用化を円滑に進めるためにも民間企業が多く参加した形での産学官体制で進めることが有効です。大規模な技術検証が可能な研究開発実証基盤(テストベッドネットワーク等)により、技術検証をしっかりと行い、ネットワークの有効性や性能限界、商用化のための課題の洗い出しなどが十分に行われることが重要です。
 さらに次の段階では、ユーザ参加型で有益なアプリケーションについて、実際に体験できる商用に近い形で、実証実験が行われることが大切です。数日の実証実験ではなく、最低でも数ヶ月におよぶ長期運用型で行う必要があります。これにより商用化のために大切な安定性を確保するための技術検証と技術改良を行うことができるからです。
 また、サービス提供を行う多様な業界から多くの企業に参加してもらうことも重要だと思います。それと同時にビジネスモデル開発や既存の法制度の問題点把握と法改正に向けた検討も必要でしょう。
 そして、ユーザ参加型長期運用実証実験は、ユーザや社会にとっては新しいネットワークがもたらすサービスやアプリケーションの有効性、有益性を知ることができ、その必要性を認識してもらうことができると私は考えます。

 政府の役割としては、基礎研究段階では研究課題のある程度の重複を許容することが求められると思います。「ある技術的な問題を解決する」というひとつのテーマにおいて、解決手段は複数ありえます。研究を始める前には、それらのうちのどれが有望かは不明です。したがって、候補となる解決手段をそれぞれ深く検討する必要があります。要するに、多様性を許容するスキームが必要だと私は思うのです。
 また、実用化が見えるところまで後押しすることも政府の重要な役割です。中途半端なところで政府のバックアップが終わってしまうと、せっかく良い段階まできていた研究開発の成果が実世界に入っていかずに終わってしまうケースがあるからです。

 「研究」と「開発」を明確に分離する必要もあると考えます。「研究」の主体は大学や国研に設定します。なぜならば、先ほど申し上げたように研究の重複を許すことが必要ですし、明確な定量的な到達目標を設定しにくい場合も多いことから、成果の評価指標も一律ではなく個々の研究内容に沿ったものであるべきだと思うからです。
 一方の「開発」は、研究成果を踏まえたうえで、複数の技術を統合してひとつのシステムを作り上げるケースに相当するため主体は企業になります。そのあとの実用化を十分に意識し、コストや性能を考慮した設計が行われなければいけませんし、研究に比べると達成目標の数値化を行いやすいと予測されます。ある程度の規模のシステムを試作し、その評価をしっかりと行います。並行して標準化活動を行うケースも考えられるでしょう。


―日本が競争力を有し、イニシアティブを取れる技術についてはいかがでしょうか?

井上 センサー素子そのものに関して日本は技術的に優位であると思われます。しかしながら、ネットワークに接続可能な商用レベルのネットワーク型センサーはまだ市場投入されていません。これは海外企業でも同様です。研究領域のユーザは、センサーをネットワークに接続するための装置を試作し、その装置を介してセンサーをネットワークに接続している場合が多いです。このようなことから、技術優位にあるセンサー技術を拠り所に、ネットワーク型センサーの市場投入を早期に行うことができれば、市場をリードできる可能性があります。
 サービスの面では、センサー情報を利用した多様な状況適応型サービスは、おもてなし・気づきの精神を持つ日本人の得意とするところであり、日本的なサービスが諸外国において評判が良いことからも日本がイニシアティブを取れる領域です。日本国内においても、センサー情報を活用した多彩なアプリケーションが具体化されれば、各地域で新規ビジネスを創生させ、新たな雇用創出と生活品質の向上、地域・日本の社会問題解決に寄与することは疑いありません。


―フォーラム活動に期待される役割と課題についてはいかがでしょうか?

井上 フォーラムには企業、大学、国研といった多様な組織からの参加があり、企業参加者の職種も様々なので、産学官連携のあり方やビジネスモデル検討、ユーザ参加型実証実験の計画検討と実行などが期待できると思います。
 しかし、その一方でフォーラムの目的が弱いと感じます。フォーラムのアウトプットとして、フォーラム標準規格を作る、業界としての意見をまとめて政府機関に提言として提出する、といった目標設定をすることにより、フォーラム活動が活発になるのではないかと考えます。


―質問は以上です。ありがとうございました。

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